浄土真宗 本願寺派
The introduction of the Zengyoji Buddhist Temple.
      お寺生活の中での発見や活動レポート&一言のページです。

The introduction of the Zengyoji Buddhist Temple.
  2008年8月5日(火) 
  子どもからお年寄りまで


  先日、埼玉県内にある同じ宗派(浄土真宗本願寺派)
 のお寺である、善巧寺(埼玉県春日部市・榎本明覚
 住職)さんとの合同行事(Wぜんぎょうじ・キッズ
 サンガ 〜たまねぎ編〜)を開催させていただきま
 した。

 これは、子ども&ママ達の寺院行事参加者が多い当
 善行寺と、比較的・熟年からご高齢の方の寺院行事
 参加者が多い善巧寺さんとで、お互いの特色を生か
 し、世代をこえた『 ふれあいの場 』として、寺院
 行事を共催できないものかという思案・・・と言え
 ば聞こえは良いですが、榎本御住職と ある宴席で
 意気投合して決まった?!行事でした。

 内容は、善巧寺さんの寺の畑になる『 たまねぎ 』
 を、うち(善行寺)の参加親子に体験教室形式で
 掘らせていただき、その御礼として、善行寺参加
 者の子ども達が『 歌を披露したり、善巧寺さんの
 参加者であるご高齢の方々と一緒に手遊びをして
 交流 』したり、ママ達がフラダンスを披露したり
 という『 世代間交流行事 』となりました。

 子ども達や親達は、生まれて初めて見る『 たま
 ねぎの実 』を見て大はしゃぎ!そして、それを
 実際に掘らせていただいて大はしゃぎ!でした。

 また、善巧寺さんの参加者の方々は、普段ふれあ
 いの場が少ない『 お孫さん世代の子ども達 』と
 一緒に『 手遊び 』をしたり、子ども達の歌を聞
 いたりという、まさに『 世代や地域をこえた・
 ふれあいの場 』としての寺院行事となりました。

 思えば、その昔 お寺という存在は『 おじいちゃ
 ん・おばあちゃんから子どもまで 』集える場であ
 ったように私は感じます。それは、嬉しい時・悲
 しい時・楽しい時・悩みがある時、お寺と共に過
 ごし、仏法を聞かせていただき、明日を力強く歩
 ませていただく『 こころのオアシス 』といえる
 存在であったと言えましょう。特別な時や法事の
 時だけ“ お寺に行く ”のではなく普段から気軽
 に“ お寺に行こう!”と思える場であり、寺院
 での行事を心がけてゆきたいな・・・と実感した
 両住職でありました。

 お寺さん同士が、お互い持っている特色を、お互
 いが持ち寄り『 共同でお寺での行事を開催 』す
 る・・・って言葉で言うのは簡単でありますが、
 日程の調整や人員の調整なんかがあり、なかなか
 難しいもんなんですよね。でも、子ども達の喜ぶ
 顔と、ご高齢の方々が見せてくれた嬉しそうな顔
 を思い返す時、混沌とした現代社会の中にあって
 なんだか『 ホッと 』した清涼感と、人間らしさ
 を思い出させてくれました。

 子が親を刺したり、むしゃくしゃしたから誰でも
 よかった・・という言葉が平気で出てくる、この
 社会だからこそ『 世代をこえた いのちといのち
 のふれあいの場 』としてのお寺であり、行事で
 ありたいなあ・・・と心から思った住職でした。

 合掌



  2008年6月20日(金) 
  伽藍と人の心


  善行寺(川口布教所)を、埼玉県川口市に開設させて
  いただき、6月で丸2年を迎え3年目に入りました。
  思い返せば、本当に多くの方との出会いのご縁に支え
  られて3年目を迎えられることを実感致します。

  浄土真宗本願寺派( 本山・西本願寺 / 東京・築地本
  願寺 )と 埼玉県内31ヶ寺の本願寺派・寺院ご住職
  方の承認をいただき、宗派が認めた寺院(布教所)と
  して2年前に開設させていただいた善行寺であります。

  宗派と、埼玉県ブロック(組)の正式なお寺から承認
  を受けたとはいえ、その歩みは小さい本堂(一軒家)
  からの出発となりました。

  住職の実家のお寺(善行寺・石川県羽咋市)は何千坪
  もの境内と瓦屋根の本堂、客殿と座敷棟が別棟にあり
  寺所有の山が後ろに控える・・・という田舎風味丸出
  しの寺院環境でしたから、川口市に善行寺を開設させ
  ていただいた・・とはいえ、わずか50坪程の土地に
  建つ一軒家を本堂として寺院開設・・が、最初の一歩
  であるという現実を、住職自身が受け入れなくてはな
  りませんでした。

  そんな時、口では『 お寺は、伽藍の見栄えが重要で
  はないんや!教えを伝えさせていただき、聞かせてい
  ただく道場なんやから、大きさや派手さはなくても、
  お寺はお寺なんや・・・ 』と言いながら、実は心の
  中で『 これで本当に人が集まってくださるんやろう
  か 』と不安に思いながらの出発であったのも事実で
  した。

  そんな不安が的中する出来事が、今となっては笑い話
  ですが、善行寺を開設させていただき半年が過ぎた頃
  にありました。

  その日の夕方、お寺前の駐車場を掃除していると 年
  の頃 50過ぎのご婦人が、地図を片手に何かを探し
  ておられましたが、私の法衣姿を見るなり

  『 浄土真宗のお寺がこの近くにあると聞いてきたん
  ですが、お坊さんご存知ですか?』と聞いてこられ
  ましたので
  
  『 何という名前のお寺さんですか? 』と私。

  『 ぜんこう寺?さん?、ぜんぎょう寺?さん? と
  いう名前のお寺です。』とご婦人。

  『 ぜんぎょう寺でしたら、うちのお寺です。浄土真
  宗本願寺派の寺ですよ。よろしければ上がって行き
  ますか 』と、そのご婦人をご案内しようとしてハタ
  とご婦人の顔を見ると、一軒家の善行寺を見つめる
  ご婦人の顔つきがみるみる険しくなってゆくではあ
  りませんか!

  口には出されないものの『 これがお寺?? 』『
  瓦屋根の本堂や、山門はどこにあるのよ!』と言い
  たげなご婦人。

  数秒の沈黙時間の後『 もっと立派な西本願寺のお寺
  は近くにないですか? 』とご婦人・・・。
  
  ええ、私は小さいながらも善行寺(川口布教所)を
  お預かりする住職です。仏さまの教えを多くの方に
  お伝えする立場です。込み上げる感情を押し殺して、
  そのご婦人に、丁寧に同じ宗派のお寺をご紹介しま
  したよ。心の中で空しさと、残念な気持ちを抱えな
  がらでしたが・・・。

  都市開教という、新たにお寺をつくるプロジェクト
  にあたっておられる住職方は、一度や二度ばかりか
  何十回と、こんな経験をされています。

  お寺・イコール・瓦屋根の本堂と山門、墓地と広い
  駐車場・・が、一般の方々の想像されるお寺ですも
  んね。うちの実家のお寺もしかりですが・・・。

  でも考えれば、今現在、大きなお寺となっておられ
  るお寺も、何十年・何百年という歳月とそこで仏法
  をお伝えされてきた代々の住職方と、そんなお寺を
  支え続けてこられた代々の門信徒の方々がおられて
  今のお寺の姿につながっているんだよなあ・・・。
  としみじみ思いました。

  そんなことがあってから、1年半が過ぎました。
  善行寺も少しづつご縁をいただき、また小さい本堂
  でも受け入れてお寺の行事や活動に参加して下さる
  方々も増えてきました。多い月には、親子での来院
  を含めて200人を超す方々が、この小さな本堂の
  善行寺に来て下さっています。

  あの時のご婦人の一言があるからこそ、今・こう
  して小さな善行寺に来て下さる方々が、住職にと
  っては『 あたりまえ・・・ 』とは思えず、
  『 小さい本堂、山門もない善行寺なのに、来て
  下さる方がいる・・・ありがたいなあ・・・ 』
  といただけるんですよね。

  合掌



  2008年5月30日(金) 
  坊守日記・1



  善行寺(川口布教所)坊守の瑞穂です。

  浄土真宗では、お寺の奥さん(住職の配偶者)のこと
  を“ 坊守(ぼうもり)”と呼び、ご門徒(メンバー)
  の方々からも“ 坊守さん ”と呼ばれます。

  住職だけがお寺を運営するのではなく、坊守も共にお寺
  を支え、そこに集まる方々と喜びや悲しみを共有させて
  いただく存在といえば、分かりやすいでしょうか?
  今回は、そんなお寺を支える坊守としての日々の中での
  出来事や感じたことの日記です。

  先日、善行寺で“ はなまつり法要”をお勤めしました。
  お釈迦様の誕生日をお祝いする仏教徒の行事です。
  普段、お寺に遊びに来る子ども達とママが集まって下さり
  楽しい法要となりました。その中の一コマを報告します。

  住職が法話(仏教のお話)の中で“虫の命と人間のいのち
  はどちらが偉い?”と尋ねると子ども達は口々に“ 同じ!
   ”と答えていました。一緒に参拝していた親達は模範解答
  にニッコリ。

  しかし、実際には多くの子供がカブトムシを飼っていたり
  蝉捕りや虫捕りをして遊んでいたり・・・。生き物を飼う
  のも教育の一つである・我が子の教育の為、と“ 我 ”の
  立場から、いのちを見て・いのちを尊ぶ気持ちが薄くなっ
  ていなかったかな・・・・、虫のいのちが亡くなることも
  あたりまえになってはいなかったなか・・・・という事に
  気付かされました。


  人間として、そして親でいるということは、気がつかない
  所で、実に多くの犠牲と、そのおかげをいただきながらの
  日々であったんですよね。

  その後、一緒に法話を聞いていたママの一人が、しみじみ
  と“ 今年、カブトムシを飼う時には、今日の同じいのち
  だというお話を子どもにすると共に、自分自身に言い聞か
  せなきゃね。 ”と言って下さりました。

  たった5分程度の住職の法話でしたが、それを自らの事と
  して受け止めてくださっているその言葉を、とても嬉しく
  頂戴しました。

  皆様にとっても、お寺が心のオアシスとなりますように。
  合掌



  2008年4月15日(火) 
  ご法話の大切さ

  お寺の住職(専従員)として、日々通夜・葬儀、ご自宅
  での法事、お寺での法事、墓前での法事、そしてお寺で
  の様々な行事や活動等、多くの法務や行事を執り行うご
  縁をいただいております。

  状況や内容は、違いますし施主様(喪主様)の立場や、
  参加されている年齢もそれぞれですが、私はいつもたと
  え3分でも10分でもひと言、ご法話(仏様のお話)を
  させていただいております。

  最近、首都圏の一部では、法事の場や通夜の席で法話を
  しないで、お経だけあげ、挨拶程度で帰る僧侶もいらっ
  しゃるそうです。色々と事情やお考えがおありでしょう
  から、その事についてのご判断は皆様にお任せいたしま
  すが、私は愛する人や大切な方を亡くされたご遺族やご
  親族の立場を思うとき、法話を取り次がずにはおれない
  ・・・と湧き上がってくるものがあります。

  中には、短いご法話を“ 自らの ”ご縁といただかれて
  仏教・浄土真宗の教えにふれてゆかれる施主様・喪主様
  もいらっしゃるので、まさに“ 縁 ”だなあ・・と実感
  します。仏教・特に浄土真宗の教えというのは、亡くな
  られた方を、弔う・供養する為のお経でも葬儀でも法事
  でもなく、死という“ 別れのご縁 ”を通して、自らの
  いのちの行方、そして往生浄土の道を聞かせていただく
  法縁の場であると言えましょう。

  その道を説いているのが“ お経 ”であります。ですの
  で、亡くなられた方に向けられた“ お経 ”ではなく、
  今を生きる私達に対して“ 死 ”という別れのご縁を通
  して聞かせていただく“ お経 ”であり、法要・法事と
  いう場であります。ですから、浄土真宗とのご縁をお持
  ちになっておられる方であれば、お坊さんを呼んでお経
  をあげてもらったら、供養・回向できたと満足されるの
  は、大きな誤りであります。

  愛する方、大切な方との別れ・・・それは、私に向けら
  れている“ 老少不定( 老いた者が先で、若い者が後と
  いう道理もないいのち )”のありのままの姿に気づか
  せていただくと共に、それを自らの姿として捉えてくれ
  よと、願われている事に気付かせていただく事でありま
  しょう。そして、老少不定だからこそ、今・この場で仏
  様の教えを聞かせていただく、そんな場が、通夜・葬儀
  法事などの場であると考えます。

  たった3分・5分の法話・・・。それでも大いなる願い
  が込められているんですよね。どうぞ、皆様もせっかく
  いただいたいのちであります。日々、この世を謳歌する
  生き方ではなく、ましてや、死んでからお坊さんにお経
  を読んでもらったら往生できると間違った解釈を持った
  り、まだ年老いていないから仏様の話なんかまだ早い、
  ではなく、今・聞かせていただくお話・・それが法話で
  あり、そのご縁が通夜・葬儀、法事等であり、その場が
  お寺でありました。

  そうぞ、皆様もせっかくのご縁を大切に!



  2008年3月20日(木) 
  歩み始めたお寺の住職仲間!

  昨日、茨城県つくば市にある つくば布教所 光善寺
  さんで勤修された、お彼岸法要の講師として出講さ
  せていただきました。

  光善寺の住職(専従員)の塚田さんと私は、歩み始
  めたお寺の住職仲間なのであります。というのも、
  私が2006年6月に、埼玉県の川口市に善行寺を
  開所させていただいた1ヶ月後に塚田さんは、つく
  ば市に光善寺さんを開所されたというばかりでなく
  東京都中央区の築地本願寺で実施された、都市開教
  (首都圏を中心とした本願寺派の寺院が少ない地域
  でお寺をつくるプロジェクト!)専従員予定者研修
  も同期なら、その研修を受講するための面接試験も
  同じ日、同じ時間帯・・・と、なにか深い因縁を感
  じる“ 住職仲間 ”?なのであります。

  
  その塚田さんが、常磐自動車道・谷田部インターの
  近くに土地を取得され、昨年末に本堂を建立。今回
  お寺が活動を始めて2回目の法座(1回目は元旦法
  要)での講師!となんとも栄誉をいただき、出講さ
  せていただいたのでした。うち(善行寺)から車で
  東京外環道・常磐自動車道を通行して所要時間35
  分という近さです。真新しい本堂、広い駐車スペー
  ス、機能的な寺務所(オフィス)・・ etcと、本堂
  をこれから建てる予定の私から見れば参考になるこ
  とも多々ありましたし、出来上がった伽藍を見てい
  ると、善行寺のように住居として建てられた寺院で
  はなく、お寺として建てられた寺院は『 やっぱり
  いいなあー!』と実感したと共に、うち(善行寺)
  も近い将来、お寺としての寺院建設を・・・と真剣
  に考えた住職でした。


  お彼岸法要には平日の午前中という時間にもかかわ
  らず、お子さん連れのママ達も含め10名程の方が
  お見えになって下さいました。一人でもお寺での行
  事に参加して下さる方がいらっしゃることの喜びや
  そのための準備や苦労なんかが、私も同じ住職とし
  て、自らのお寺の事とオーバーラップしましたので
  来てくださった方々や塚田さんに『 ありがとう・
  ・おかげさま・・・もったいない 』 という気持ち
  でいっぱいになりながらのお彼岸法要でした。


  いつも私の坊守(妻)に話していることですが 『
  お寺は 住職の家名や、血筋を後世に残すためにあ
  るのではなく、仏の教えを後世に伝えるための道場
  である 』と私は思っています。
  たとえ、自分の直系の子孫が善行寺を継がなくても
  後世の方々が仏法を受け継がれ、そして喜んでおら
  れる方々がいらっしゃる世界にむけた一歩を、今・
  私達住職や家族(寺族)はどのように歩ませていた
  だくのか・・が大切であり、今・現実にその一歩を
  どのような形であれ歩ませていただいている現実が
  あるんだなあ・・と自らに言い聞かせる瞬間であり
  ました。


  光善寺さん、そして善行寺・・・歩み始めたばかり
  のお寺ですが、100年後・300年後に、お寺で
  手を合わし『 ありがとう・・・おかげさま 』と子
  や孫達が、感謝される姿に思いを馳せる・・・そん
  なことを、ふと考えていた光善寺さんでのお彼岸の
  一日でした。



  2008年2月15日(金) 
  30代・40代の方が役員に!

  毎月、善行寺では法座(仏さまの教えを聴かせて
  いただく会)や、多くの活動・クラス・サークル
  等が開催されています。多い日には、午前・午後
  ・夕方と1日3回も“お寺”で何かしらの集まり
  がある日もあり、先月は各種行事やクラス、会議
  や話し合い等で来院された総数が、親子300名
  を超しましたので運営という面において、住職・
  坊守として嬉しい悲鳴?を上げることも多くなっ
  てきました。この世相 この時代に“ お寺に気軽
  に行こう!”と若い方々が善行寺に来院される事
  は、正直ありがたいなあ・・・と実感します。


  しかし、一度に多くの方の意見を聞けた聖徳太子
  でも、寝なくても走り回れるナポレオンでもない
  ただの凡人の住職ですから、現在11ある善行寺
  の法座や、各種サークル・クラス、そしてそれを
  まとめる統括全てには目が届かない・・・。

  うむー・どうしたものかと思案し、これらの活動
  に参加して下さっているママ達や、参加者の方々
  の中から役員(世話役・相談役)になっていただ
  こう!と、そしてその方々から色々な企画や意見
  を取りまとめる存在として、また仏教の観点から
  サジェスチョン(提案)できる存在としての住職
  の職責に就かせていただこう!と考え、先日全体
  会議を開催させていたのでありました。


  その中で、行事開催の時だけ活動しているグルー
  プと定例法座以外の、定期開催しているクラスや
  サークル・教室等、7つの役員さん14名(相談
  役・補佐 / 兼務含む)が新たに選出されました。
  
  みなさん30代〜40代の若い方々ばかりですし
  今まで相談役や世話役の経験も生まれてこのかた
  したことがない、という方ばかりですが、だから
  こそ枠にとらわれないアイディアや企画、そして
  サポートのあり方などが実行できるものと、私は
  考えます。そして、そこから自由活発な意見が出
  て『 お寺でこんなことをしてみたい!』『 こん
  なことがお寺でできないかな? 』との声が上が
  れば“しめたもの!!”という思いがあったのも
  事実です。


  以前、私が海外の寺院(北米開教区・本願寺フレ
  スノ別院)で駐在僧侶として赴任していた時に、
  寺院をサポートするご門徒の代表である役員(
  キャビネット)は、平均35〜55歳という方々
  が中心となって運営されていました。

  はじめてその運営方法を見た時、“ご高齢の方々
  が役員をして寺院をサポートする実家(石川県)
  のお寺”からは想像もつかない姿に、驚きとある
  意味ショック!を受けた事を思い出します。更に
  そこには“ ただ若い ”という以上に、積極的に
  寺院活動に参加され、子どもからお年寄りまでが
  “お寺に気軽に立ち寄れる”環境の整備と活動の
  幅を話し合う姿がありました。

  そうして、メンバー(ご門徒)の創意工夫や活動
  の幅を住職が サジェスチョンし、共に協力して
  運営する・・って、なんだか“私が目指している
  お寺の姿”じゃないか!と感じていたことを思い
  出します。


  今回、善行寺でもその実践?として、若い方々に
  役員となっていただき、新体制をスタートさせて
  いただいたのでした。もちろん、若い方だけでな
  く年配の方々にも将来的に寺院運営に参加してい
  ただき、私達若い世代とは違った観点でのアイデ
  アや、サポート方法を伺えるような“お寺づくり”
  を目指したいものですね。


  夢は広がりますが、まだまだ一歩一歩ですよ。



  2008年1月15日(火) 
  一年のはじまり!
 
  
新年あけましておめでとうございます。
  本年も、お念仏相続のため、皆さまのご高配・ご来院
  を賜りますよう、宜しくお願い申し上げます。


  善行寺住職として、早2回目のお正月を迎えさせていた
  だくご縁となりました。住職として“ あっ ”という間
  の一年・一年を迎えさせていただいているなあ・・・と
  実感する次第です。


  年末年始は、善行寺の本院( 石川県羽咋市・善行寺 )
  で勤修された元旦会法要に出仕してきたのですが、その
  際、善行寺としてお迎えする何回目のお正月なんだろう
  かと、興味が湧きましたので、善行寺の歴史をまとめた
  寺伝を開いてみました。 

  そこに『 当寺は、美濃の国・土岐氏の家臣 吉井甚之丞
  なる者、延徳2年(1490)真宗本願寺第八世・蓮如
  法主に帰依し得度し法名浄観と称す。然る後、浄観 能登
  国に遊化し、同国・尾長村に奇萬す。該地四辺の道俗の
  教化に帰するを以って、永正2年(1505)尾長村に
  一寺を創建して善行寺と号し・・・(略) 』と残されて
  いました。


  善行寺が創建され、実に503年。503年前に善行寺
  を創建した初代・浄観より数えて15代目にあたる、現
  住職である父、そしてその歴史と名前を継承し、川口市
  に創建させていただいたばかりの善行寺( 川口市 )の
  初代となる私、誠光が503回目の善行寺元旦会法要を
  門信徒の方々と共に迎えさせていただくことも不思議な
  ご縁であったなあ・と、しみじみいただいた住職です。


  しかも、そこにはただ単純に歴史の積み重ねという事実
  だけではなく503年という時間の中、実に多くの門信
  徒の方が善行寺を護持し、浄土真実の み教えをいただき
  お念仏を相続してそれぞれの時代、時代でお念仏と共に
  生かされ生きぬき、念仏往生の教えの法灯を後世へと、
  つなげ続けられた姿があったのでした。


  いつも申しておりますように、仏事・法事が終われば『
  事足れり 』と日常生活の中から仏教を一掃する生き方で
  はなく、“ 苦界(現世)を生かされ(仏様と共に)生き
  ぬく姿 ”を、自らが持つ事が“ 後生の一大事 ”である
  と共に、先人方が大切に護持し続けてきた法灯を次の世代
  へ正しく伝える使命と責任が、今を生きる私達にもあると
  言えるのではないでしょうか・・・。

  どうぞ、皆様におかれましても本年もご縁を大切に。


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