浄土真宗 本願寺派・善行寺
         西本願寺 川口布教所
   寺小屋日記 『 お寺をつくろう!』
The introduction of the Zengyoji Buddhist Temple.
      お寺生活の中での発見や活動レポート&一言のページです。

2007年

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  2006年12月23日(土)
  ご縁 

  お寺 ( 布教所 ) では、法話会という 『 法座 ( 仏教・浄土真宗の教え
  を聞かせていただく会 ) 』 を、毎月実施させていただいています。

  毎月、第2土曜日の午後1時半 ( 来月のみ14日・日曜日 ) から
  おこなってゆくことが、先日の役員会でも決まりましたので、お寺と
  しての定例行事となります。

  と申しましても、今まで 『 仏教 』 『 浄土真宗 』 の教えを聞かせていた
  だくご縁が、なかなか持てなかった現役世代の方々が多く参加されて
  いる法話会ですので、少しづつ 『 いのち 』 のご縁と、『 この私 』 に
  向けられた教えであり、救いである事を共に味わわせていただく会に
  してゆきたいな、と考えております。

  しかしながら、正直 こうして お寺での 『 法話会 』 が、一般の方々の
  参加をいただきながら、開催できるようになったことも、なんだか感慨
  深いなあ・・・と、つくづく思う住職であります。

  ふり返れば、この地に拠点 ( 寺院 ) を設置させていただいたのが
  今年の6月1日でしたが、当初は埼玉県内・浄土真宗本願寺派 寺院
  関係者への挨拶回りや、寺院としての整備 ( 礼拝施設等 ) をおこない
  ご本尊をお迎えして、ある程度 人に来ていただける環境になったのが
  8月の下旬頃でした。しかし、当時は 今、ご覧いただいている 当寺院
  ( 善行寺 ) のホームページも開設しておりませんでしたし 『 法話会 』
  に参加していただける方との、ご縁を結ばせていただく事が、なかなか
  持てませんでした。

  という訳で、善行寺・第1回法話会は 9月の下旬におこないましたが
  参加したのは、住職と坊守 ( 住職の妻 ) と子どもだけ、すなわち住職の
  家族だけでの法話会となりました。

  いやー、やりにくかったですねえー。
  考えてもみて下さい。普段は 『 ちょっと お茶とってー 』 と話しかける妻
  ( 坊守 ) 一人に法話させていただくのも照れ臭いですし、なんだか変な
  感じでしたが、『 夫婦が、まず教えをいただいた ご縁を喜び、共に味わ
  わせていただかなければ・・・。』 と思いながら20分の法話をしたのを
  思い出します。

  それが10月もでしたが、11月からは インターネットでのご縁や近隣
  との ご縁をいただき、一般の方々がご参加いただく形の 『 法話会 』
  として定例行事になっていったんですから、本当に 『 いただいた ご縁 』
  だなあ、と思うのであります。

  人生には、多くの出遇いがあり、また別れがあります。まさに 『 変転・
  常なく 』 の言葉通りではありますが、いただいた このいのちの中、この
  瞬間、そして人生の このひと時に、お寺での法話会や行事やイベントへ
  参加されている方々と、住職と坊守も 『 出遇うご縁 』 に恵まれた喜びを
  持ち続けてゆきたいなあ・・・と実感しました。

  今、家族だけの法話会の時も含めて、こうして お寺の定例法座になって
  ゆこうとしている、善行寺の法話会と、多くのご縁に感謝の念を持つ住職
  でもあります。

  2006年12月5日(火)
  32番目のお寺 

  ニュース&アクティビティ のページにもご報告させていただいた通り
  11月30日に、浄土真宗本願寺派・首都圏都市開教対策本部の支援
  をいただき、寺院 ( 布教所 ) の開所式を迎えることができました。

  今年の3月に、埼玉県川口市内・北東部 ( 東川口・戸塚安行地区 )
  に新規の寺院 ( 布教所 ) 設立の承認を、埼玉組・都市開教委員会
  より全会一致でいただき、6月に現在の拠点に入居、開設をしてから
  約半年、埼玉県内・浄土真宗本願寺派 32番目のお寺として、ようやく
  正式な開所を迎えさせていただくこととなりました。

  来賓の方々への謝辞&挨拶の時に、『 あたらしい お寺をつくる 』
  都市開教という 『僧侶の生き方 』 に向かう決意をしてから訪れた
  紆余曲折の苦難と、多くの計画変更、更には開設拠点がなかなか
  決まらず、不安と焦りの時を思い出すと共に、そんな苦しかった時に
  知人でも親戚でもない、教区内のお寺さん方や多くの方々から、数々
  の励ましと期待と支援をいただきながらの時間であったことを思い出し
  思わず目頭が熱くなりました。
  いえ、お恥ずかしい話ですが ほとんど号泣に近い挨拶でした。
  
  大の大人が、来賓や家族、関係者の方々が見守る中で人目もはば
  からず涙をする。しかし、そこには悲しみの涙ではなく、多くの方々の
  お陰とご縁をいただいた感謝と共に、仏様より 『 あらたなお寺をつくり
  み教えに出遇わせていただいたことを共に喜び、後世に伝えてゆけよ。』
  という励ましを、一人の住職としていただいていたように感じました。
  そして、この私にも そのような僧侶の生き方と、都市開教という生涯に
  わたる布教伝道の道をいただいたことに対する、ありのままの喜びと
  感謝の涙であったと実感しています。
  
  ふと、昨年の5月に築地本願寺での研修に入る直前に、大きな志しを
  持ちながらも不安が交じり合う複雑な心境の中、東京に向かい京都
  から自家用車で、東名高速を走ってきた時のことを思い出しました。
  『 はたして私に お寺がつくれるのだろうか・・・。お寺が本当にできても
  人が集まるお寺になるのだろうか・・・。首都圏にある既存のお寺さん方
  に受け入れてもらえるのだろうか・・・。』 多くの不安の中、東京に近づく
  につれて、そんな焦りにも似た心境でした。しかし、夜になり 神奈川から
  都心に近くなるにしたがって、高速道路沿いに増えてくるマンションや
  一戸建ての家々の窓に、明かりが点っているいるのを見つけ、『 これ
  だけ多くの方々が、これからお寺を開設しようとしている首都圏という
  地に住んでおられるじゃないか。』・・・『 きっと、お寺を待っていて下さ
  っている方、悩みを抱えながら その悲しさや苦しさを共有してくれるのを
  待っておられる方が、この瞬間も この首都圏のどこかにいらっしゃると
  信じてみよう・・・。』 と自分自身を励ましながら、東京に来た日を思い
  出しました。

  今、そんな過ぎていった時間や気持ち、そして想いを胸に、川口布教所
  善行寺が、スタートラインに立たせていただいていることを感じます。
  いつの日か お寺に来られた方々や、次の世代の方々が、お寺があって
  よかった・・・。苦しいことも嬉しいことも、仏様・そして お寺と共にある
  人生だった・・・・。 と言っていただけるような 32番目のお寺にしてゆき
  たいな・・・と、思いをあらたにした住職でした。
  
  2006年11月27日(月)
  多忙な日々 

  気が付けば11月も終わろうとしております。今年も残すところ1ヶ月少々!
  なんだか早い一年だったように感じます。

  特に今月は カレンダーを見ると、丸々一日の休みの日が、11月9日以降
  取れていない程の忙しさです。振り返れば 9日以降、築地本願寺の報恩
  講法要があったり、開所式に向けた打ち合わせや、仏具の搬入があったり
  当寺院 ( 布教所 )での法話会や お寺の行事、浄土真宗本願寺派・埼玉
  組 ( 埼玉県内のブロック ) の南地区の総代会・研修会があったりしました
  し、その合間には、近隣のお寺さんから法務をいただいたりと、とにかく
  スケジュールが重なっておりました。

  先月は逆に、時間の余裕がありすぎたんですけどねー。
  ふと、都市開教の先輩方が、『 スケジュールや法務は、重なる時には
  重なるんだけど、無い時は全然無いものだよー。』 と仰っておられたのを
  思い出しました。

  かと言って、暇ならお出かけでも、とはいかないのが この業界 ( お寺 )
  なのです。思えば お寺って、決まった休みの日というのが取れませんし
  お寺を空けて家族で旅行というのも なかなかできません。なぜか?
  それは、いつ、ご門徒 ( 檀家 ) の方がお寺に来られるか分かりませんし
  近隣から法務の依頼が入るか分からないですし、問い合わせなんかが
  入るかもしれないですから、常に住職はアイドリング状態を保っておかな
  いといけないんですよね。

  ですから、今月のように行事や打ち合わせや等が重なると、まさに休みなく
  という状態は当然発生してまいります。ですが、私自身・今 それが苦には
  なっていません。それより、日々・是・新たな出会いと発見!!と言えば
  言い過ぎでしょうか。でも、お寺という組織や行事、そして多くのご縁を
  いただきながら、新たなお寺が一歩一歩進みつつある実感と、失敗も
  ありますが 多くの感動をいただいている充実感の方が大きいんでしょう
  ね。

  ある都市開教の先輩が ( 首都圏にお寺を新規設立された ) 新たに
  お寺をつくる!開教という伝道事業をこう表現して下さいました、『 新たな
  お寺をつくる都市開教を喩えるなら お寺という名の真っ白なキャンバスの
  上に、多くのご縁をいただきながら、そのキャンバスに思いっきり、自分の
  思うお寺の姿を描く事ができ、彩色する事ができる・・・。この過程の中で
  大きな発見があり、困難があり、喜びがあり、ご縁をいただく僧侶人生で
  あり布教伝道の日々であると言えますね。』 という言葉を私自身 、心から
  今・噛みしめています。
 
  私も真っ白な 『 善行寺 』 というキャンバスをいただき、今までいただいた
  色々なご縁の中で、少しづつ善行寺という絵を描かせていただいている
  事を実感しています。

  今月は休みなく!の日々ですが、まだまだ お寺づくりの中で、やらなけれ
  ばならない事が山積しています。今は、日々のお寺ライフの中でいただいて
  いる多くの発見と感動、そしてご縁をいただいている方々を想いながら
  これからも、善行寺というキャンバスを少しづつ彩ってゆきたいと思う日々
  です。

  2006年11月18日(土)
  501年前の願い 

  今月・11月の末に、当寺院( 布教所 ) の開所式が行われます。これは
  6月に当寺院が新規設立され、宗派( 首都圏都市開教対策本部 )として
  公式に、寺院活動のスタートをお知らせする式典です。

  一般のお店にたとえるなら、開店祝いの式典?という感じでしょうか。
  しかしながら、お寺( 布教所 )の場合、基本的に 一度開所したら永代に
  渡って寺院運営してゆく、大変重い責任と使命が与えられます。
  そりゃそうですよね。一身上の都合により、寺院を閉鎖しますね!と軽い
  ノリ?!では、ご門徒の方々からの信頼問題になりますから。

  私も、住職( 専従員 ) となり 半年の時間が流れ、地域の方々や近隣の
  方々とのご縁をいただく中で、借家での仮運営ながら このご縁を一過性
  ではなく継続してゆかなければ、と実感致しております。

  先日、うちの所属寺院 ( 石川県羽咋市・善行寺 ) の住職である父が
  寺の歴史が綴られた書物をコピーして渡してくれました。そこには、今から
  遡る事、516年前の延徳2年 ( 1490年 ) に、美濃国 ( 現在の岐阜県 )
  土岐氏の家臣であり、後に善行寺・初代となる 吉井甚之烝 が、本願寺
  第八代・蓮如上人に帰依し得度 ( 法名・浄観 )の後、上人の命により
  能登国 ( 現在の石川県 )での布教活動を始め、永正2年 ( 1505年 )
  羽咋村 ( 現在の羽咋郡 )に草庵を構え、浄観道場として布教伝道して
  いった善行寺の開基の歴史が残されていました。

  それから501年・・・、今も石川の善行寺は初代の願いと意思を受け継ぎ
  ながら、多くのご門徒さんのお陰で、布教の場、伝道の道場としての寺院
  活動がされています。

  そして初代が、草庵を構えて501年経った 2006年現在、初代から数えて
  16代目にあたる 不肖・誠光が、埼玉県川口市に 宗派の命のもと、埼玉・
  善行寺の初代として、同じく草庵を構えさせていただき、布教伝道の志しの
  途上、近隣をはじめ 少しづつご縁をいただいている事に、なんだか深い思い
  と共に、新たな責任感というものを抱きます。

  501年後、私を含めて、この日記を読んで下さっている皆さんも、この世界
  には生きてはいませんが、その時代に生きているであろう子孫の代が
  平成の時代に思いを寄せてくれていて、お寺で合掌し礼拝される姿がある
  のであれば、なんだか微笑ましいですね。

  501年後の世界に思いを馳せながら、最初で最後の 川口布教所・善行寺
  の開所式を、迎えさせていただこうと実感した住職でした。

  2006年10月27日(金)
  親子で集まるお寺へ 

  善行寺・ニュース&アクティビティのページにも記載させていただいたとおり
  先日、地域参加型 ・ お寺の子育てサークルでもある 『 Mommy コミセン
  が ハロウィンパーティを開催し、20名の参加がありました。
  このサークルは、住職と坊守 (妻) そして、わが子を通していただいた近隣
  の親子つながり、ママ友達、家族ぐるみの友達などのご縁を基に定期的に
  お寺を会場に親子で集まっています。

  現在は近隣の方ばかりでなく、車で30分近くかけて来て下さっている親子の
  方々もいて、サークル開催時に 狭いお寺 (布教所)の本堂で親子、押し合い
  へし合いしながらの光景を見ると、申し訳ないのと それでも来て下さる皆さん
  のお気持ちに、なんだか心が温かくなります。

  子ども達と親達が気軽に集まれる『 コミュニティ (地域)のお寺 』 にしたい
  と海外にいた時から思い描いていた私にとって、子どもやママ達、そして
  時にはパパ達も集まって家族一緒に お寺で過ごす時間。
  まさに、子ども達は子ども同士で遊び、ママ達は 子育ての話や料理の話、
  時には昔の恋愛話?!に華を咲かせ、住職を含めパパ達はビールを飲み
  交わしながら、仕事の失敗談?や 日々の生活の事を赤裸々に話し合える。
  形は違いますが、昔のお寺や神社等で見られた暮らしの姿を重ね合わせて
  見ています。

  近隣と かかわらないと形容されがちな都会の生活ですが、決してそんな事
  はなく、そういった機会や ご縁が結びにくい日々の暮らしの中だったのかも
  しれないな、と感じています。しかも、そうして語り合え、悩みや思いを打ち
  明けられる場所と人達が、明日に向かう、明日に向かわなければならない
  現代社会に生きる私達に必要である事も実感しています。

  私が5年間 在籍させていただいていた、浄土真宗本願寺派・北米開教区に
  ある 本願寺フレスノ別院。 そこでは、毎週日曜日の朝に日曜礼拝が開催
  され、毎回 200名以上の参加があり、参加者のうち9割は 幼稚園に入園
  前の子どもから高校生と、その親達で占められます。
  そこでは、それぞれの世代が直面している ( 学校生活に関する事や、ペット
  の死に関する事や、恋愛に関する事など ) 事から、暮らしの中でのアイデア
  なんかも教えあったりしていますし、親達は親達で、仕事のアイデアや悩み
  から、子育ての相談なんかも 礼拝の後の自由時間にしてました。
  そういった中で、悩んでいるのは自分一人ではない・・・・という事を知らされる
  と共に、そういった悩みや課題を 個人の事柄としてではなく皆の課題として
  共有しようという空気があったんですよね。

  海外にお寺が建てられ、開教が始まり100年という時間の中、アメリカという
  土壌の上で養われた コミュニティの中のお寺(教会)であると共に、 その
  コミュニティの中心的な存在となっていった、お寺本来の姿があるなあ・・・と
  帰国後の現在も思います。

  小さいながらも、川口布教所・善行寺という お寺を預かる住職として、今後も
  地域と共に歩めるお寺であり、親子で気軽に来れるお寺であり、そして悩みや
  課題を多くの方と向き合え、共有できる 『 コミュニティのお寺 』でありたいと
  子ども達とママ達の集まる姿から実感した住職でした。

  2006年10月5日(木)
  過去から未来へ 


  9月7日に築地本願寺内で、新規設立の住職 ( 専従員 ) に任命され、お寺
  ( 布教所 ) を開設して早1ヶ月!!年とともに、時間が過ぎ行くのが早く感じる
  ・・・・と妻に話せば、返ってくるのは 『 ジジ臭い事を言って・・・ 』 という言葉。
  どこのご家庭でも、同じような やり取り?なのでしょうか。

  開設してから準備や、挨拶回りや、法務で気が付いたら・・・・という実感があり
  ます。なにしろ、今まであったお寺ではなく、新たなお寺ですから仏具 ( 花瓶
  ロウソク立て、香炉など多種多様 ) 、ご本尊 ( 仏様 ) から、礼拝施設に関す
  る備品 ( イスや座布団 ) まで、全て新たに揃えてゆくのです。
  お寺と言っても、民家を使用しての仮の本堂ですが、どなたが参拝にお見えに
  なられるか分かりませんし、お寺と言うからには きちんと ご本尊 をお迎えして
  お寺をつくってゆかなければならないんですよね。

  しかし、これがなかなか大変です。私も石川のお寺の次男として生まれた時
  から本堂も ご本尊も、仏具も当たり前のようにあった環境で育っていますから
  改めて購入!となると値段の高価な事に驚かされます。

  仏様の前の、花瓶・香炉・ロウソク立てのセット ( 規格サイズ中で一番小さい )
  が ウン十万円、その上の台に置く 華瓶・火舎 ( 一論差しのようなものと、お香
  を入れる鉄の香器 ) が同じくウン十万円。 お経を読む時に鳴らす小さい鐘が
  数万円など、合わせると軽自動車1台分に近い金額です。

  そればかりか、ご本尊を新たにお迎えするとなると、台座から 後光 ( 仏様の
  背中の後ろにある金箔が貼られた仏具 ) など一式で数百万になります。
  他に仏様の前の机など、一式を新規で全て揃えようとすれば、数千万円は
  すぐになってしまいます。

  考えれば、大量生産されるものではなく、職人さんが手作りで製作されますし
  私達の浄土真宗本願寺派の仏具関係は金箔を多用・・・・・となると、どうしても
  価格は上がってしまいます。 で、どうするか・・・・と思案し、実家のお寺にあった
  予備の仏具を借りたり、親戚の お寺の使わなくなった仏具を譲り受けたり・・・と
  いう ご縁により集められた、ご本尊や仏具が、うちの本堂に安置されています。

  それぞれの仏具や ご本尊が作られた時代や場所は違えども、時代を超えて
  2006年現在、新しく開設された善行寺に迎えられて、お寺の姿をつくっていた
  だいているのを見ると、なんだかシミジミと来るものがあります。
  思えば、数百年から、新しいもので十数年という時間を、各地のお寺で使われて
  いたり安置されていたものが、いろいろな事情で使われなくなったり、予備仏具
  に回され、いわば陽の当たる場所から遠ざかっていたものなんですよね。

  新たにお寺を始めるにあたり、出発したばかりの お寺と共に、それらの仏具が
  これから来られるであろう参拝者の方々の安らぎの空間として、 又 時間を彩る
  場として、第一線に復帰してくれているんだな・・・・と感じます。
  
  私達人間も、今・現在 『 必要とされていないんじゃないか 』 と思っていても
  どこかで、いつの時か必要とされて、待ってくれている方がおられるんじゃない
  かな・・・と、お寺の本堂を見ながら実感しています。

  2006年9月25日(月)
  ようこそ!新たなお寺へ


  このたび埼玉県 川口市 ( 東川口・戸塚・安行地区 ) に、新たに浄土真宗
  本願寺派 ( 本山・京都 / 西本願寺 ) のお寺 ( 布教所 ) が設立され
  その お寺を任されることになりました住職 ( 専従員 ) の誠光 ( じょうこう )
  と申します。

  1年にわたる、東京・築地本願寺、ならびに都市開教対策本部という部署の
  もとでの研修と調査、ならびに近隣の同じ本願寺派のお寺さんとの折衝を
  経て、この6月に正式に設立されたばかりのお寺です。

  新たにお寺が設立されました!と申しましても、皆様が想像されているような
  純和風・瓦屋根、石畳の参道があるお寺ではなく、一般住宅の1階に仏様を
  ご安置し礼拝できるようにした、小さな小さな礼拝堂・草庵といったところです。

  まさにゼロからの出発!ではありますが、思えば 大きな本堂となり歴史を刻ん
  でおられる お寺の多くも、小さな道場・草庵から始められ、歴史の中で訪れた
  であろう苦難な道のりの中、仏教を日々心の支えとされてきた多くの方々の
  支援と協力があり、今日・お寺としての歴史を積み重ねておられます。

  そうしてゼロから出発された多くのお寺は、数百年経った現在、それぞれの
  歴史と共に、今なお 仏教を心のオアシスとされ集う方々の姿が見られます。

  私たちも、歴史を積み重ね、地域に密着し コミュニティにおける心のオアシス
  となった お寺と同じように、将来・この新しいお寺が、多くの方々の心の癒し
  の場所として、また仏教を喜ばれる方々のオアシス的な存在としての お寺に
  なってゆければ・・・と思いを新たに致します。
  
  今を生かされ生きる私達の子や孫達、そして数百年後の世界で日々を送って
  いるであろう後世の方々が、日々の暮らしの中にお寺があってよかった・・・・
  数百年前の方々のご苦労があって このお寺があるんだな・・・と喜ばれるような
  お寺にしてゆきたいと思いますし、今は小さい草庵ですが、現代を生きる私達
  自身の心のオアシスとなるような、お寺づくりを目指してまいりたいと思います。

  少しづつではありますが、『 寺子屋日記 』も更新してゆきますので、こちらも
  お気軽にお立ち寄り下さい。

  ようこそ!浄土真宗本願寺派・川口布教所 善行寺へ!


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