浄土真宗 本願寺派・善行寺
 西本願寺 川口布教所
ひとくち法話
The introduction of the Zengyoji Buddhist Temple.
    お寺の掲示板に掲載中の『 法語 』をもとにした ひとくち法話のページです。

2007年

2008年・ひとくち法話(月のことば)はこちら

2006年・ひとくち法話(月のことば)はこちら





            2007年12月上期 

 
     『 いだかれて 』

                         住職・吉井 誠光

  皆さんは、人生の歩みの中、いのちの最後の場面にどれ程
 立ち会われた経験をお持ちでしょうか?最愛の方、親・兄弟
 ・・・いのちを 精一杯輝かせた末、あるいは生まれたばかり
 でと状況や年齢はちがうもののこの世界でのいのちのご縁を
 終えられる瞬間、私達はその方から、『 どうか人のことと思
 わず自らの姿として見てくれよ。その先の“ 仏としての限り
 ないいのち ”のご縁を貴方も持ってくれよ・』と、呼びかけ
 られているように思います。


  先日、アメリカの浄土真宗本願寺派・フレスノ別院( カリ
 フォルニア州・フレスノ市 )の次席開教使( 海外寺院 駐在
 僧侶 )として、私が赴任していた時に書いた資料を整理して
 いた時、1冊のノートを見つけました。それは 日本から離れ
 カリフォルニアの地で現地の方々に、浄土真宗の教えを伝え
 ようと日々奮闘していた私の記録でした。


  懐かしさの中、ページを読んでいると鮮明に脳裏に焼きつ
 いた記憶が蘇ってくる月がありました。2003年11月の
 ページ、そこには“ いのちの最後の場面 ”に立ち会う私が、
 肉親でも友人でもない、一人のご門徒さんの“死”という別
 れのご縁を、自らの仏縁とさせていただく・・・そんなペー
 ジでありました。そのページにはこうありました。


  夕方、別院のご門徒さんが危篤状態にあると、ご家族から
 連絡。セントアグネス病院・集中治療室に急行。日系アメリ
 カ人2世・日本語を理解。とある次の段に、この世での“
 いのち ”のご縁を終えようとしているご門徒さんに、私が呼
 びかけていた事が記載されていました。


 『  長い人生 いろんな事があったでしょう。
    夏の畑仕事は辛かったでしょう。
    歩んでこられた人生の中で味わった苦しい事、悲しい
    事、楽しい事、嬉しかった事、悩み、誇り、全てを持
    ち続ける そのままの貴方を受け止めると誓っておられ
    る唯一の仏さまである阿弥陀さまに、この人生で出遇
    わせていただけて本当に良かったね。
    阿弥陀さまがね、いつでも帰って来たらええから・・
    既に抱きかかえているから心配せんでええって言って
    おられるよ・・阿弥陀さまがね・・』


 笑顔が絶えなかったそのご門徒さん、病に倒れ闘病生活の中
 で頬もこけ、意識もなくなったベッドサイドで、耳元に呼び
 かけながら
言葉が続かず、ご家族と一緒に涙した記憶がその
 文面に残されていました。


 この世での“ いのちのご縁 ”を終える日、それは決して他
 人の事ではなく、自らの明日の姿でありました。


 そこには、“ いのちの終着点 ”という終わりではなく 『
 南無阿弥陀仏といただいた人生をおくった貴方の親となり、
 摂取して 私がつくりあげた浄土で、“ 限りないいのち ”
 を受け必ず仏として生まれさせる・・・』と誓い、呼びかけ
 続けておられた阿弥陀さまに抱かれて、往生される“ 仏と
 してのいのち ”の出発点をいただいていた喜びであったと
 言えましょう。


 愛する方、大切な方とのこの世での“ いのち ”の別れ・・
 それは決して“ 死 ”を、ただの別れに終えることなく自ら
 の姿としていただくと共に“ 倶会一処 ”(くえいっしょ)
 と顕かにされているように、仏として必ず会わせていただく
 私達であるからこそ、このいのちを見つめると共に、先人方
 そして阿弥陀さまの願いである“ 南無阿弥陀仏 ”を、今を
 生きる私達が、日々称えさせていただくご縁ではなかったで
 しょうか。


 1冊のノート・・・。それは、海外駐在の僧侶として“ いの
 ちの姿 ”を、自らの事としていただいていた記録でした。
 そこに記され、ご往生された全ての方が今を生きる私に『
 どうか伝えてくれよ 』と呼びかけてくれているように感じた
 瞬間でもありました。


 どうぞ、いただいた いのちとご縁を大切に。 合掌



 
“ 往生の生は生まれるというほかに

    生きるという意味がある ”



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           2007年11月上期 

 
    『 お念仏の後姿 』

                      住職・吉井 誠光

 

 先日、新たにお仏壇をご安置されたご家庭から、入仏法要
 の依頼がありました。ご自宅に伺うとご両親が既にご往生
 されている30代のご夫婦と、お子さんが待っておられま
 した。一通り話を伺い、法要をお勤めさせていただいた時
 後ろから小さいながらも『 南無阿弥陀仏・南無阿弥陀仏
 ・・・』とお念仏申される声が響いてきました。


 施主様は、若くして九州から単身で関東に移られ一生懸命
 仕事に励み、そして結婚・・・一家の大黒柱として家庭を
 守りながら日々暮らしてこられたそうです。ご両親もご往
 生され 数年経ったある日、ふとした事から『 手を合わす
 感謝の生活を忘れず、南無阿弥陀仏といただけよ 』と亡く
 なられたご両親から呼びかけられている様な気がして、お
 仏壇を求め、日々の生活の中で家族と共に、感謝のお念仏
 申す『 念仏者の生活 』を迎えられたのでした。


 思えば 私達の人生の間には様々な苦しみがあり、悲しみ
 があります。もちろん喜びも、楽しみもあるでしょうが
 その喜びや楽しみが永遠に続く事を望みながらもそれが
 叶えられず、必ず老い、病み、そしていつかはこの世界
 での“ 生命 ”を終える日を、いのちあるもの全て等し
 く迎えなければなりません。私達の思いのままにいかず
 悩み苦しむ人間のありのままの不安な姿を お釈迦様は
 『 苦 』と説かれたのでした。そこには、いのちをいた
 だいたもの全てにおいて根ざす『 不安 』と『 苦悩 』
 の事実と現実でありました。


 阿弥陀如来はそのように不安と苦悩を抱えながら、はる
 か昔より『 いのちの流転 』を繰り返すばかりの 私達
 一人一人の“ いのち ”を長い時間をかけて思惟し

 『 救わずにはおれない 』

 と誓い、お浄土を建立され『 安心してこの親(如来)
 に任せよ 』と私達一人一人に呼びかけ続け、はたらき
 通しでございました。


 浄土真宗・宗祖 親鸞聖人のお書きになられた浄土和讃に

 《 十方微塵世界の 念仏の衆生をみそなわし 
   摂取してすてざれば 阿弥陀となづけてたてまつる 》

 とあります。そこには『 南無阿弥陀仏 』と称える私達
 一人一人を阿弥陀如来は照らし見られて、一人残らず摂め
 とり『 必ず仏にまで仕上げる 』と誓われた・・・だから
 阿弥陀如来と申し上げるという慶びが、ひと言ひと言に
 溢れています。


 振り返れば、この“生命”に関わる根本の悩みや苦しみ
 から些細なことまで抱えながら、私達は日々歩み続けて
 おります。その歩みの中で実に多くの不安と苦悩があり
 ました。しかし、そこには『 私一人・・』と、孤独に
 なりふさぎ込む“ いのち ”でも“ 人生 ”でもなく
 そのように悩み苦しみ、不安におののく私達を『 必ず
 摂めとって捨てない 』と、かけられていた願いと誓い
 の中の“いのち”であり“人生”であったのでした。


 今回、入仏法要を勤めさせていただいた施主様のご両親
 も、ご生前『 南無阿弥陀仏 』といただき、生かされ生
 きる“感謝のお念仏と合掌”の後姿であったのでしょう。

 時が過ぎ、30代となられ家族を持たれた施主様は
 ご両親の後姿とお念仏を“ありのまま”にいただかれ、
 これからの日々を阿弥陀如来に照らされ護られている
 慶びの中、家族一緒にお念仏をいただきながら歩んで
 ゆかれることでしょう。


 親から子へ、子から孫へ・・・何百年と引き継がれた
 合掌しお念仏申す後姿。そこには、苦悩を抱えながら
 いつの時代も、仏さまと共に、仏さまに照らされ護ら
 れながら歩ませていただく“ 念仏者 ”としての姿を
 教えていただいた瞬間でありました。


 どうぞ、いただいた いのちとご縁を大切に。 合掌


   
  “ 苦悩をかかえたまま

  仏さまに照らされ護られている私達 ”



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            2007年10月上期 

 
     『 雨のち晴れ 』

                       住職・吉井 誠光

 先日、所用で京都へ行ってきた時のことです。
 朝から薄日が差しながらも曇り空が広がる天気の中、9月
 も中旬
だというのに盆地特有の湿った空気が私を包み込む
 気候が、京都
生まれ・京都育ちの私にとっては、なんだか
 懐かしさを覚えました。


 お寺に到着したとたん、外では雨が降り始めていました。
 さっきまで薄日が差していたのに、大粒の雨が地面に・
 そして、木々
に降り注ぐ光景に見とれてしまう自分自身に
 気付かされました。

 2年前から関東に住む私にとって、移り変わりの激しい
 京都の天気に懐かしさを感じると共に、20分ほど降り
 続いた雨が上がり始め西の空から見えはじめた夕空が
 なぜか、この私に生きとし生ける人間達の 一喜一憂の
 人生に気付けよという励ましに感じたのでした。


 ≪ Into each life some rain must fall, Some days
              must be dark and dreary.


 誰の人生にも雨は降る、暗く悲しい日がある・・・。

   〜 題名“ 雨の日 ” H.W.ロングフェロー 著 〜 ≫

 振り返れば、私達は日々過ぎゆく時間の中、人生という名
 の舞台上でその主役としてスポットライトに照らされなが
 ら生きている姿があるように感じてしまいます。
 しかし、この人生の舞台が『 いのちのすべて 』ではなく
 この人生の舞台はあくまで“ リハーサル ”でありました。


 思えば、私達はリハーサルという“ 仮の舞台 ”上で日々
 笑い・楽しみ・喜び・・・しかし喜びも束の間、急に雨が
 降り出した京都での天気のように、ある時には つまずき・
 転び・泣き・苦しみ、その場面・場面で怒りと欲望が繰り
 返される『 ありのままの人間の姿 』
を送っていることに
 気付かされます。


 そういった悲しみ・苦しみ・つまずきの姿から私達は、
 思いどおりにいか
ない苦界の意味とはかなさを知り、怒り
 ・恨み・欲望を繰り返す人間の
いのちの悲しさを知らされ
 るのではないでしょうか。


 私達は、人生の中で訪れる数々の苦しみと悲しみに向き
 合い、その悲しさや苦しさに出遇う事
が“ 仮の舞台 ”
 の姿であるというはかなさに気付かされることであり、
 『 流転を繰り返す 』
私のいのちを思惟され、いのちある
 ものすべてを『 安養の浄土で仏として生まれさせる 』・
 『
救わずにはおれない 』と誓われた阿弥陀如来の大い
 なる慈悲に遇い難くして摂め(おさめ)
取られ、はかなさ
 ・悲しさ・苦しさを離れた『 成仏 』という“ 真の舞台 ”
 に、今・既に
立たせていただくご縁と、仏の願いに出遇わ
 せいただいていた このいのちでありました。


 窓に流れていた雨の雫が止まる頃、西の空から夏の終わり
 を
感じる日差しと風が流れていました。『 誰の人生にも
 雨は
降る、暗く悲しい 日がある。しかし、雨もいつかは
 やみ、
晴れの空が広がる『 かぎりないいのち 』へつない
 でいた
だいているのである・・・』と私を励ましてくれた
 夏の
終わり・夕立の京都でのひとときでした。

 どうぞ、いただいた いのちとご縁を大切に。 合掌


   
  “ 悲しみと苦しみが

 苦界にあるいのちの姿を教えてくれる ”



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           2007年9月上期 
  
 
    『 明日がくること 』

                    住職・吉井 誠光


 『 みなさんに 明日が来ることは奇跡です。
   それを知ってるだけで、日常は幸せなこと
   だらけで溢れてます



 
これは、乳ガンが肺へ転移しながらも、いのちに
 真正面から向き合い、愛する方との時間を 精一杯
 歩まれ、ご往生された24歳の女性が 今を生きる
 私達に残して下さった言葉です


 長島千恵さん(享年24歳)は、中学生の時にお母
 様をガンで亡くされ、ご自身も23歳の時に乳ガン
 の宣告を受けられました。
 悩み、苦しみながらも左胸全摘手術を受け社会復帰
 するも、間もなく肺への転移が見つかり、医師から
 『 余命1ヶ月 』が家族に伝えられ 今年の5月6日
 に お父様・フィアンセに見守られながらご往生され
 ました。その直前に書き記された日記の言葉が冒頭の
 『 みなさんに 明日が来ることは奇跡です・・・』と
 いう言葉でした。

 そこには、ご自身の病気といのちに真正面から向き
 合われた千恵さんにとっての『 ありのまま 』の思い
 であると共に、私を含め『 諸行無常 』の世界の中、
 『 老少不定( 年老いた者が先で、若い者が後という
 道理もない ) 』のいのちをいただきながら、今この
 瞬間も生かされている私達一人一人に伝えたいという
 願いであったといただきます。


 苦しい抗がん剤治療を受けながらも、周囲に心配を
 かけたくないという思いからか、優しく笑顔をご往生
 の直前まで絶やさない姿は、まさに『 苦悩を抱えな
 がらも 精一杯いただいたいのちを生きる 』姿であり
 フィアンセ・友達・家族、それぞれに『 生あるものは
 必ず死に帰する 』という、いのちのありのままの姿を
 教えて下さったのでした。


 振り返れば、私達のいのちは 生きたいと思っても叶え
 られず(自死以外の手だてで)死にたいと思っても叶え
 られない、何ごとも私の思いのままにはならない境界に
 あるいのちでありました。私のはからいの通りにゆかず
 もがき、苦しみ 悩みながらも『 いのちを歩み続ける 』
 私達一人一人を慈しみ『 救わずにはおれない 』と誓わ
 れ、唯一 私のいのちをたすけようと親となって下さった
 ・・・それが、阿弥陀如来でありました。


 明日という日を迎えられるかどうかも わからない いの
 ちを送っているにもかかわらず、煩悩ばかりをおこす浅
 ましい私達凡夫を見捨てることができず、『 安心して
 この親にまかせよ・・・流転を繰り返してきた苦界を
 離れ、かならず浄土で仏として生まれさせる・・ 』と
 よびかけ続けておられる仏様に抱かれた 私達一人一人
 のいのちでありました。


 私を含め この法話をお読みの皆様も、遠い過去から
 つながる数え切れない程のご縁と多くの方々のご苦労
 のお陰によりいただいた『 人としてのいのち 』であり
 ました。そればかりか過去からの宿縁により、私達は
 このいのちのご縁を終えた瞬間『 浄土で仏と成らせて
 いただくいのち 』に遇わせていただいております。

 今日という一日を終えること、それはいただいたこの
 いのちの中で『 今日もいのちのご縁をいただきました 』
 という報恩感謝の『 ありがとう 』でありましょう。


 鼻に酸素の管を通した千恵さんがご往生される数日前に
 残されたのは、次の言葉であったそうです。



 『 そうね、やっぱり家に帰りたいな。
   外の空気は気持ちがいいよ。
   風って、気持ちいいんだよ。知ってる?


 どうぞ、いただいた いのちとご縁を大切に。 合掌


   
“ 一度かぎりの このいのち

     今日という日を大切に ”



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           2007年8月上期 

 
    『 流れ星の夜 』

 真夏の日差しが照りつけた日の夕暮れ時、家族や
 近所の友人達と
笑顔に囲まれながら時間を過ごす
 日がありました。


 永遠に続くように思ってしまう 幸せな夕暮れの時
 間の中、薄朱色
から群青色に広がるグラデーション
 の空に、流れ星が1つ流れた
のを見つけた瞬間、
 22年前の夏の日にも同じように広がるグラ
デーシ
 ョンの空を見上げていた自分自身がいた事を思い出
 しました。そう、長く衝撃的な
一夜の事・・・。

 今から22年前の8月12日。東京・羽田空港発、
 大阪・伊丹空港行き 日本航空123便の機内。

 お盆の休みを利用しての帰省や旅行、東京での出張
 を終えて大阪に帰るビジネスマン。そして
単身赴任
 先から家族の待つ家へ久しぶりに帰る お父さん方。
 そういった乗客の方々で機内は満席
であったそうで
 す。期待と再会を待つ人々を乗せて離陸した123
 便のジャンボジェットの車輪
でしたが、再び滑走路
 に接地する事はなく、離陸44分後 524名の方々
 の命と共に、群馬県山
中に墜落するのでした。

 死者520人、生存者は4名のみ。家族や友人との
 再会を楽しみに、又
知人との旅行を楽しみにしてい
 た乗客達は、墜落前の上昇・下降を繰り返す異常な
 状況の機内で
現実となるかも知れない“ 自らの死 ”
 の恐怖の中、ある乗客は家族の事を心配し、ある乗客
 は
子供の将来を、残していく妻に遺書で託されたので
 した。


 大阪商船三井船舶・神戸支店長であった河口博次さん
 (当時52歳)は奥様である慶子さん、長女
の真里子
 さん、長男の津慶さん、次女の知代子さんに向けて、
 上着のポケットに入っていた手帳7
頁にわたって次の
 ような遺書を残しておられます。


  ≪  マリコ・津慶・知代子 
     どうか仲良く がんばってママをたすけて
     下さい
    

     パパは本当に残念
だ きっと助かるまい 
     原因は分らない 今5分たった
    
もう飛行機には乗りたくない


     どうか神様助けて下さい きのうみんなと
     食事したのが最後とは

     何か機内で爆発したよう
な形で煙が出て
    
降下しだした どこへどうなるのか 

    
津慶しっかりたのんだぞ
    
ママこん
な事になるとは残念だ 
     さようなら 子供達の事をよろしくたのむ 

     今6時半だ 飛行機は
まわりながら急速に
     降下中だ 

     本当に今までは  幸せな人生だったと
     感謝している
  ( 文中一部修正 ) 》

 7頁にわたる家族へのメッセージ。その中には無念な
 気持ちと共に、向き合わなければなら
ない自らのいのち
 の現実と、今まで生きてこられた感謝の言葉が溢れて
 いました。残していく
家族を最後まで心配する夫として
 そして父として、若しくは1人の生きとし生ける人間と
 してのあり
のままの姿であったと、私はいただきます。

 思えば、この世で生きとし生ける私達は、幸いにして
 いのちのご縁をいただき、今・生かされ
生きています。
 明日を迎えることが出来ないかもしれないという現実
 の中、このいのちが何処
から来て・何処に向かおうと
 しているのか、たった一度しか訪れない“今日”という
 日の中で
どうか向き合って下さい・・と亡くなられた
 方々からのメッセージであるように感じる
と同時に、
 いのちの灯火を持つ私達すべてに『 救わずにはおれな
 い 』と臨終の一念に至る迄
、大悲( 阿弥陀仏の慈悲 )
 から誓われ、常に照らされながら日々を歩ませていただ
 いていた
このいのちであった事に気付かされます。

 22年前の8月12日の夏の日。今日と同じように暑い
 一日が終わろうとしていた夕暮れから
夜明けにかけて、
 ベルセウス座流星群の極大日にあたっていたその日、
 幾つもの流れ星が日本
の上空に流れていたそうです。

 どうぞ、いただいた いのちとご縁を大切に。 合掌


   
 “ 朝には紅顔ありて

    夕には白骨となれる身なり ”

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           2007年7月上期 

 
     『 案じられる 』


 お盆の季節となり、ご自宅や墓前で お盆の法事に
 参らせていただくご縁が、ご家族方と共に、私も
 手を合わさせていただくご縁をいただいていること
 に気付かされます。

 お仏壇やお墓の前で手を合わされる ご家族の方々
 の思いというものはそれぞれでありましょう。
 阿弥陀仏に摂め取られ、浄土で仏となられた故人
 への感謝を申される方から、亡くなられたご主人に
 生前、思いやりの心で接してあげられなかったこと
 に対し、反省される気持ちで手を合わされるご婦人
 や、苦労をかけっぱなしのまま亡くなられた奥様に
 対して後悔の念で手を合わされるご主人まで、ご縁
 をいただいている方々の多くが、亡くなられた方々
 に向けて『 成仏してくれよ・』と案じる気持ちで
 合掌されているように見受けられます。

 
ありのままの気持ちで、亡くなられた方々を案じ
 手を合わされる“ 心 ”というものは、親を持ち
 子を持つ者として、私も痛いほどに分かる気持ち
 ですし、生きとし生けるものの自然な“ 心 ”で
 あると言えましょう。

 しかし、亡くなられた方々が いのちにかえて現世
 に生きる私達に教えて下さったもの、それは『 生
 あるものは必ず死に帰す 』という事実であると共
 に、限りある いのちの中『 今を精一杯生きよ 』
 という励ましであり、何時この世界でのご縁を終え
 るかも分からない 不確かないのちの中で『 真実の
 拠りどころを求めよ 』という願いであったのでは
 なかったでしょうか。

 思い通りにいかず、苦しみ悩みながら、その苦悩を
 抱えたまま いのちある限りこの世を歩み続けなけ
 ればならない私達を心配し、いつも呼びかけ続けて
 下さる阿弥陀仏のご恩を喜び『 いのち終えた瞬間
 限りない 仏としてのいのちをいただく 』因として
 いのちある間に『 南無阿弥陀仏 といただく日々を
 送ってくれよ 』という願い、それが 阿弥陀仏に抱
 かれ、浄土で仏となられた故人方の願いでありまし
 た。

 仏と成られた故人方への感謝と共に、『 死 』とい
 う別れのご縁を通して、私・自らの いのちの解決へ
 の道、すなわち 倶会一処の道への聴聞の機会、それ
 がお盆の迎え方であると言えましょう。

 どうぞ、いただいた いのちとご縁を大切に。合掌


  “ 亡くなった方を案ずる私が

  亡くなった方から案じられている



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           2007年6月上期 

 
     『 回光返照 』


 初夏の陽気を思わせる一日が終わり、夕風を伴って
 穏やかな日暮れの中、あるご門徒さん( 檀家さん )
 がご往生され、お通夜に向わせていただく日があり
 ました。太陽が出ている時間が、長くなったことを
 感じさせるように、式場に向かう車のフロントガラ
 スには夕日が照りつけていました。


 ご家族・ご親族の方と共にお勤めさせていただいた
 通夜法要を終え外へ出た時、地平線に沈もうとして
 いる夕日の光が西の空を照らしていました。

 その光景が、97年といういのちを終えられたご門徒
 さんの死を通して、『 いただいているいのちの
 ありのままの姿であると見つめ直せよ 』とこの私
 に呼びかけられているようでもありました。

 
≪  回光返照( えこうへんしょう ) ≫

 今、まさに沈もうとしている太陽の光が反射して
 空が照り輝いている状態を指していう言葉である
 と共に、自分自身をふり返り 見つめ直すことを
 表す仏教用語が、なぜか目の前の太陽を見ている
 私の頭を駆け巡っていった瞬間でもありました。


 思えば、私を含めこれをお読みになっておられる
 皆様も、いのちが生まれ変わり・死に変わり生死
 の輪廻を繰り返し、ご縁により今・この世界にい
 ただいたいのちでありました。そのいのちの中、
 人生という日々を今日も重ねております。

 1人のご門徒さんがご往生されても昨日と変わら
 ず、このいのちが今日も生かされ生きている不思
 議さ・・・。


 身近な方の『 死 』というご縁を通して、自分自
 身のいのちの行方( 後生の一大事 )として回光
 返照してくれよ・・・という故人の願いであると
 共に、今日とも明日とも知れない自分自身にも
 必ず訪れる『 死 』から決して目をそらすこと
 なかれ・・・と、願われていたご縁であるといた
 だきました。


 それと共に、そのように苦しみ・悩みながらも
 いのちを歩み続ける私達を『 決して一人にはせ
 ぬぞ・安心してこの親に任せよ 』と、呼びかけ
 続ける阿弥陀如来に励まされ、その光に摂め取ら
 れ『 仏 』とならせていただくいのちを、今・
 歩ませていただいていた事に、あらためて感謝
 申す瞬間でもありました。


 『 さようなら 』と述べる・いのちとの別れでは
 なく、『 ありがとう 』と述べる・いのちとの出
 遇い、それが、身近な方の『 死 』を通して私達
 がいただくご縁でありました。そのことを、沈ん
 でいった太陽の残してくれた薄明かりが、この私
 に教えてくれているように感じた、5月下旬の夕
 暮れのことでした。


 どうぞ、いただいた いのちとご縁を大切に。合掌


   “ 
この世での別れは

  “ さようなら ”ではなく

  “ ありがとう ”のご縁でした



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            2007年5月上期 

 
 『 あなたに遇えてよかった 』


 私達の人生においては、実に多くの“出遇いと別れ”
 をいただきながら、この人間の世界を歩ませていた
 だいている事に 気付かされます。

 出遇いと別れで、今でも忘れられない思い出があり
 ます。それは私が以前、法務に就かせていただいて
 いた本願寺の別院での事です。

 ある朝、別院のご門徒さん家族から『 父の容態が
 急変しているので、病院まで来ていただきたい 』
 という依頼がありました。私が病院まで行き、集中
 治療室に入ると既にお父様はご往生され、ベッドを
 囲んで故人を見守られるご家族の方々に、ちょうど
 お医者様から死亡が告げられていました。

 その後、故人の口や鼻に付けられていたチューブと
 共に心電図や脈拍等を測るコードが取り外されよう
 としていた瞬間でした、故人の奥様がベッドの枕元
 に歩み寄り、ご主人の頬をなでながらこう呼びかけ
 られました。


 『  お父さん・・・ありがとうございました。
   私は幸せでした。あなたに遇えてよかった。
   今まで本当にお疲れ様でした。次は お浄土で
   遇いましょうね・・・。いえ、私も お浄土に
   参らせていただくご縁を、既にいただいている
   事を感謝しますね・・・。 』と。


 その場で臨終勤行をお勤めしなければならないのに
 衣と袈裟を着用している1人の僧侶なのに涙が出ま
 した。嗚咽に近い涙でありました。

 しかし、それは故人様の姿が哀しくて涙が流れたの
 でも、ご家族の悲しみに同情しての涙でもなく、心
 から『 そうであった 』と私自身がいただいた感謝
 の涙でありました。


 思えば、生きとし生ける私達にも必ず訪れるこの世
 でのいのちが終わる日。浄土真実の教えをいただく
 私達は、一人で歩む死への旅路でも彷徨う旅路でも
 なく『 さあ連れて行くぞ。安心してこの親(如来)
 にまかせよ 』という阿弥陀如来の呼び声をいただき
 全ての生きとし生けるもの達を『 かならず救う 』
 と誓われた願いの中にある、このいのちでありまし
 た。
 
 そして阿弥陀如来に抱かれて『 お浄土 』という光
 輝く安らぎの世界で、仏として限りない いのちを
 たまわる出遇いをいただいていたことを、改めて
 私自身が気付かせていただいた 心からの感謝の涙
 でありました。


 お二人は、長年連れ添われ、苦しい時も嬉しい時
 も共に励まし合い支え合いながら過ごされた人生で
 ありました。この世界の中で、なかなか会えない
 “出遇い”の中で遇うご縁をいただき、共に過ご
 された時間と思い出は、お二人だけが分かり合える
 人生の歩みであった事でしょう。しかし、そこには
 今まさに愛するものと別れなければならない苦しみ
 の現実の姿がありました。


 この世でのいのちを終える日、奥様は遇いがたくし
 て、遇わせていただいた『 出遇い 』というご縁を
 喜ばれたと共に、その先に続く如来様にいだかれた
 『 かぎりないいのち 』をご自身もいただいていた
 という、気付きとご縁に感謝される姿があったので
 した。


 どうぞ、いただいたこのご縁を大切に。合掌


  “
人生の出遇いと別れ

      すべては

    ご縁の中でありました



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           2007年4月上期 

 
      『 桜花 』


 先日、近くを流れる川沿いにある桜並木に行くと
 桜が一面の満開となっていました。
 時折流れる南風に乗って、花びらが舞う姿を見て
 いると、散ってしまう物悲しさというより数日間
 の間でも精一杯、いのちを咲かせた力強さと共に
 一瞬でも いのちを輝かせていただけたありがたさと
 いうもの
を感じました。

 その姿が、生きとし生ける私に対しても『 ありの
 ままの いのちの姿に気づけよ。』という呼びかけ
 であり『 自らのいのちの日常を見つめ直せよ。』
 という願いをいただいているように感じた瞬間でも
 ありました。

 思えば、私達は幸いにして『 受け難き 』人として
 のいのちをいただき、今・生かされておりますが、
 その『 いのち 』を日々私達はどのように過ごし又
 どのように扱っていたでしょうか?


 本願寺 第8代留守職にあった蓮如上人は、生きとし
 生けるもの全てのいのちを “ ろうそくの灯火 ”の
 ような存在であるとお手紙の中で記され『 往生する
 は“ 老少不定 ”である
( 年老いた者が先で若い
 者が後という道理は無い )』と残しておられます。
 そういった事を踏まえて、御文章 四帖の二項に次の
 ように伝えておられます。


 ≪ この世界のならひは 老少不定にして電光朝露
   のあだなる身なれば、いまも無常
きたらん
   ことをば しらぬにてすぎゆきて、後生をば
   かつてながはず、
ただ今生をば いつまでも生き
   延びんずるやうにこそ おもひはんべれ ≫


 この今も『 無常という風 』が迫っている中にある
 私達全てのいのちであり、ありのままの姿でありま
 した。しかし、私達は無常の風が迫っている事を、
 『 まだ先の事だから 』『 まだまだ
若いから 』
 『 まだまだ人生は長いから 』と自らの いのちの
 行方に思いを致す事を避けてはいなかったでしょうか。


 仏教そして浄土真宗の教えというものは、決して亡く
 なった方を弔う為の教えでもお経でも
なく、他の誰
 でもない この私・自らのいのちが成仏させていただく
 道であり教えでありま
した。その法が説かれたのが
 お経であり、この今の世界で仏と成らせていただく
 道に出遇う
人生を歩めよと願われている『 いのち 』
 であり『 人生 』であるようにと、私達一人一人
への
 教えであったといただきます。


 そう思いながら、散りゆく桜の花びらを見ていると、
 精一杯の輝きと 精一杯の無常のいのち
である事を
 身をもって見せてくれているように感じました。

 散っていった桜の花は、来年も
おそらく同じように
 咲いてくれることでしょう。しかし私達は来年も
 今と同じように日々
を送っている事ができるので
 しょうか・・・。

 そんな思いを感じながら、満開の桜並木での
ひと時
 でした。


 どうか、いただいた このご縁を大切に。 合掌


    “ 明日散る花でさえ

      いのちの輝きの中

      力の限り咲いている ”


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            2007年3月上期 

 
    『 生かされ生きる 』

 季節が春の一歩手前となり、街角を歩いていると街路
 樹のつぼみが大きくなっているのに気付かされます。
 冬という寒さを耐える期間を越して、今・自然界での
 いのちが息吹き出すこの季節が、私は一年で最も好き
 な季節であります。


 思えば、秋に木々の葉が落ち、長い冬を越して春の風
 と共ににいのちが芽生えだす。生きとし生けるもの達
 のありのままの姿であったなあ、と実感する瞬間でも
 あります。私を含め、この法話を お読み下さって
 いる皆様も人としての いのちをいただき、この瞬間
 も このいのちが生かされて、この瞬間も このいのち
 が生きています。明日、同じように生かされているか
 どうか 誰一人としてわからない不確かな このいのち
 ではありますが、今日という一日・いのちが生かされ
 たなあ・と実感することが日常の中、どれほどあった
 でしょうか。

 あたりまえのように今日を過ごし、あたりまえのように
 今日を終え、そこに いのちが永らえさせていただいた
 感謝の念も 生かされている不思議さもなく、過ぎゆく
 時間の中で私たちはただ日々を送ってはいなかったで
 しょうか。


 現代社会において、いのちの大切さに異論を挟む方は
 いらっしゃらないでしょう。しかし、いのちを この私
 自身がいただいたご縁・・・。そしてその根本にある
 ご縁によって今を生かされているありがたさ不思議さ
 というものが決してあたりまえのご縁ではなく、遠い
 過去から多くの願いの中、繋がってきたご縁であった
 ・・・。だからこそ、いただいた このいのちに感謝
 させていただき、今日という一日を大切にしなければ
 ならないと言えるのではないでしょうか。


 私には父・母がおりますが、その父母が生まれてくる
 ご縁になったのも それぞれ父・母がいた、すなわち
 私からすると祖父・祖母がいたのであります。
 さらに、その父・母・・・その父・母・・・と33代
 前まで血脈をたどってゆけば、私・一人の いのちに
 繋がる為に、実に現在の地球の人口をはるかに上回る
 85億人という遠い過去からの、父・母という血脈の
 親達のお陰であったことに気付かされます。
 もし、その中の一人でも夫婦としてのご縁がなかった
 ら・・・また、その中の一人でも この世に生まれる
 ご縁ではなかったら、私は この地球上に生まれること
 は なかったでしょう。まさに三帰依文の冒頭の一語を
 深くいただいた瞬間でした。


 《 人身受け難し、今すでに受く。佛法聞き難し、今すで
   に聞く、此身今生に向って
度せずんば、さらにいずれ
   の生にむかってか此身を度せん・( 三帰依文 ) 》


 受けがたい人としての いのち・・私たちは そのいのち
 を遠い過去から繋がるご縁の中でいただき、今・この日
 まで生きてきた紛れも無い現実があります。そこには、
 決して一人の思いだけで生きてきたのではなく、多くの
 願いと多くのご縁により いのちを賜ったのでした。
 だからこそ、いのちが 生かされ生きているといただく
 ところであると言えましょう。


 どうか、多くの方々のご縁と願いの中にある 私たちの
 いのちをいただいた感謝の念と共に、このいのちが生か
 されている間に、遠い過去からつながる ご縁のいわれ
 に耳を傾けさせていただき、何処に向おう向おうとして
 いるのかを聞かせていただく人生であり、いのちであり
 ますように・・・。


 どうか、いただいた このご縁を大切に。 合掌

                          住職 ・ 吉井 誠光

   “ 多くのご縁の中

     つなげていただいた

     いのちをいただく私達 ”


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            2007年2月上期 

 
      『 雨の朝に 』


  年が変わって、まだ数日が過ぎたばかりの朝のこと。

  天気予報では一日雨の予報が出ていましたが、その通りに
  上空には積み重なった雲の隙間から、いつの間にか一滴
  一滴と、雨の雫が大地の上に降り注いでいました。


  これから、お墓の前で納骨の法要があるのに雨とは・・・と
  いう 憂鬱な気持ちと共に、ハンドルを握りながら墓苑に向か
  う地方幹線道路の歩道にも、人をほとんど見かけないのが
  私を更にブルーな気持ちにさせます。

  しかし、運転をしながら車の窓の外に広がる葉を残した木々
  や草花達に、雨の雫が流れ、一層その緑色を増し生き生き
  とした姿を見つけました。


  『 天然の恵みの雨のお陰で、シャワーを浴びしているようで
  気持ちいいよ!』 ・ 『 何の変哲もない雨の日かもしれない
  けど、生きていく為には大切な一日だよね 』


  あたかも、木々達が私にお話してくれている様に感じた瞬間
  でした。車窓を流れてゆく木々達を見ていると、私にとっては
   一年・365日の中の、たった一日の何の変哲もない雨の日
  でしたが、“ 生きとし生ける ”私達全ての生命にとってどれ
  ほどの重さと ありがたさを持っていたのかという事実を、木々
  達に教えていただいているように感じました。


  降りしきる雨の中で、それらの光景が学生時代に読んだ
  イギリスの女性小説家、ジーン・スタッブズ女史が書かれた
  詩とオーバーラップした瞬間でもありました。


  ≪ The immense significance of a jug of milk on a kitchen
     table in the morning sun.
 
― 台所のテーブルの上で
     朝の日差しを浴びている ミルクカップの意味の、あの
     重さ。―From Call me again the day that is past
      by Jean Stubbs
 ≫


  何の変哲もない日常の光景・・・。その忙しい日々の中で
  一歩立ち止まって真実を見ようともしない現代社会に生きる
  私達。しかし、そんな中にある日常の光景と何の変哲もない
  日々の中の一コマに含まれる幸せの意味を理解することが
  普段の生活の中に、どれほどあっただろうか。


  一歩立ち止まり、少し角度を変えて大地に降り注ぐ雨を見る
  とそこには、“ 生きとし生けるもの ” 全てに対して いただい
  ている大自然の恵みを強く感じると共に、私自身もその中で
  “ 生かされている ”よろこびや不思議さ、そして木々達と
  同じようにいただいていた “ いのちの輝き ” を見せてもら
  っているような感覚を覚えた瞬間でもありました。


  それは、太陽の日差しが直接には届かない雨の朝。
  納骨の法要に向う為に移動中の車内でのこと。

  聞こえてくるのは 繰り返されるワイパーの音と、車が残し
  ていく水切り音の中で一日が始まるという、何の変哲も
  ない雨の日の朝のこと。


  しかし、木々や草花達が 精一杯の緑色で “ 生かされて
  生きている ” 事実と、今日という日が あたりまえの一日
  ではない事と、今日の いのちを いただいている意味の
  深さ、ありがたさを “ ありのまま ” に教えてくれた、雨の
  日の朝のことでした。


  どうか、いただいた このご縁を大切に。  合掌

                          住職 ・ 吉井 誠光


  “ 何の変哲もない日常の光景に

    込められた意味の深さ

    ありがたさ
・・・。


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             2007年1月期 

 
    『 春蘭秋菊 』


  年始に ある新聞を読んでおりますと、30年後のおせち
  料理はこうなる、という記事が書いてありました。

  例えば、かまぼこは原料となる魚が激減し価格が高騰、
  今、重箱に15切れほど入っているのが3〜4切れになる。
  数の子は、貴重品となりおせち料理から消えている。
  黒豆は、遺伝子組み換えの大量生産品・・・など等。

  記事の伝えたかった事は、自然界に生息する動植物の
  いのちと、それを省みず それらのいのちを自らの欲の
  まま獲り続ける人間への警鐘を伝えたかったのでしょう。
  
  ご存知の通り 現代社会は飽食の時代と言われ、お金
  さえ出せば、食べたいものが食べれる社会となっており
  ます。 しかしながら 私達が日々、この口からいただく
  ものには多くの動物達、植物達のいのちがあったことを
  忘れてはならないのではないでしょうか。

  思えば、お米、お魚、お肉、お野菜・・・・全てには いのち
  があり、そのいのちを、私達人間の いのちをつなげてゆく
  為に食するからこそ、 『 ありがたくいただきます。』 『 おか
  げさまで、今日も生かされました。』 と合掌して、多くの
  いのちのおかげで、今日も私のいのちが存えさせていただ
  くことが出来た、と感謝していただきたいものです。

  従容録 ( しょうようろく ) という御文の中に 『 春蘭秋菊 』
  ( しゅんらんしゅうきく ) という語が出てきます。春に咲く
  蘭も、秋に咲く菊も、どちらも甲乙がつけられないほどの
  美しさを持っているのと同じように、いのちも それぞれが
  それぞれのあるべき姿があり、動物も植物も人間も
  いのちの重さは変わらないことを教えてくれています。

  まさに、仏説阿弥陀経というお経に説かれているように
  『 青色のものは青い光を放ち、黄色いものからは黄色の
  光を放ち・・・ 』 と、あらわされている浄土の世界 そのまま
  のいのちの姿であったといただきます。

  いのちある限り、毎日 私達の口から食するいのちの数々
  その恩恵に感謝させていただく新年でありますように。
  
  どうか、いただいた このご縁を大切に。  合掌

                              住職 ・ 吉井 誠光

 【  多くの恩恵により

 
     生かされている このいのち

    
    おかげさまでありました 】



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